HOME > 教育の現場から > Vol.1 夜スぺ ~21世紀の日本を支える「論理的思考力」~
Vol.1 夜スぺ ~21世紀の日本を支える「論理的思考力」~
年が明けてからの教育現場をとりまく最大の話題は、やはり東京都杉並区和田中学校が始めた「放課後の塾講師による有料授業(通称:夜スペ)」でしょう。皆さんの中にもニュースや新聞の報道で関心を持たれた方がいらっしゃるかもしれません。この授業が「選抜制+成績優秀生対象(校長曰(いわ)く「ふきこぼれ」の生徒が対象)」であるため、授業実施の是非ばかりが話題になっていますが、この学校では「ふきこぼれ」と呼ばれる生徒たちにどのような授業を提供しようとしているのでしょうか。
「なぜ、どうして」を考えさせる
もちろん学校が最も期待していることは「生徒の学力を上げること」でしょう。そのために担当講師が最も留意すべきことは、それが塾であれ学校であれ、実は「なぜ・どうして」と常に考えさせることにあります。特に「ふきこぼれ」の生徒たちには、単なる知識やテクニックを教え込もうとしても通用しません。そこに「なぜ、どうして」という視点を必ず含めないと授業レベルはもちろん、講師としても信用してもらえないからです。彼らに最も与えなければならないのは「好奇心にしっかりと付き合ってあげる環境」なのです。その環境を構築するためには、単なるパターン問題や知識の有無を問う問題に終始する授業ではなく、「なぜ・どうして」から育まれる「論理的思考力」を磨く問題を提供し鍛えていく授業が絶対に必要なのです。
偏差値35~70までの生徒の混在
しかしながら、現実問題として「論理的思考力」を磨く授業の実現には、特に公立小・中では多くの困難が伴います。現在でも多くの学校では、程度の差こそあれ「考える力」を身につけるための実践は行われています。しかし、その中身は偏差値35~70まで混在するといわれる公立小・中の生徒の「最大公約数」に向けたものであることが多く、いわゆる「ふきこぼれ」の生徒たちに適したものとは言えないからです。これは、昨年10月に公表された文部科学省の全国学力調査からも裏付けが可能です。
「世の中のいろいろな出来事に関心がある」と答えた子、そして「読書が好きと答えた」子は、小学生(6年)、中学生(3年)とも、特に応用力を問う「国語B」「算数B」「数学B」では、正答率がかなり高い結果になっています(表1・2参照)。これは授業での「題材選び」に大きな影響を及ぼします。「応用力が身についていない 世の中の出来事に関心がない」ということであれば、「考えさせる授業」の題材として下位の生徒のことを考えると、どうしてもより身近な物にせざるをえません。そして表3のデータを見ておわかりの通り、「自分の考えを話したり書いたりする習慣」の差による平均正答率は小6で最大25ポイントもついているわけですから、題材・ペースなど授業のレベルが合っていないと「ふきこぼれ」の生徒が刺激を受けることは難しくなります。これこそが彼らに「授業は簡単でつまらない」と思わせてしまう最大の要因なのです。これが「夜スペ」の背景であることを知っておいてください。
(表1)世の中のいろいろな出来事に関心がありますか
選択肢 | 平均正答率(%) | |||
小学6年生 | 中学3年生 | |||
国語B | 算数B | 国語B | 数学B | |
あてはまる | 67.0 | 66.4 | 75.7 | 64.5 |
どちらかといえば、あてはまる | 65.0 | 65.0 | 74.8 | 63.6 |
どちらかといえば、あてはまらない | 60.0 | 61.4 | 70.0 | 59.1 |
あてはまらない | 49.0 | 52.9 | 61.0 | 50.5 |
(表2)読書が好きですか
選択肢 | 平均正答率(%) | |||
小学6年生 | 中学3年生 | |||
国語B | 算数B | 国語B | 数学B | |
あてはまる | 68.0 | 66.4 | 78.1 | 65.4 |
どちらかといえば、あてはまる | 61.0 | 62.9 | 72.6 | 61.2 |
どちらかといえば、あてはまらない | 58.0 | 61.4 | 67.4 | 57.8 |
あてはまらない | 52.0 | 57.1 | 61.1 | 53.6 |
(表3)
(小6)国語の授業で資料を読み、自分の考えを話したり書いたりしていますか
(中3)国語の授業では、自分の思いや考えを書くことが多いですか
選択肢 | 平均正答率(%) | |||
小学6年生 | 中学3年生 | |||
国語B | 算数B | 国語B | 数学B | |
あてはまる | 71.0 | 70.0 | 76.5 | 65.3 |
どちらかといえば、あてはまる | 66.0 | 65.7 | 75.4 | 64.0 |
どちらかといえば、あてはまらない | 58.0 | 60.0 | 69.2 | 58.2 |
あてはまらない | 46.0 | 51.4 | 58.5 | 49.3 |
日本を支える「論理的思考能力」
今後ますます「論理的思考力」や「表現力」「発想力」といった、従来の○×式のペーパーテストでは測れない能力を磨くことの必要性が話題にあがることでしょう。それは21世紀の日本のあり方を考えれば当然のことです。未来の日本を背負って立つ子どもたちが世界を舞台に仕事をしていくためには、「英語を知っている・話せる」というレベルではなく、「論理的思考力」や「表現力」「発想力」を併せ持つことが不可欠なのです。資源を持たないこの国が将来も現在の繁栄を維持しようとするのであれば、この国を支える最大の財産は「人」ではないでしょうか。「ふきこぼれ」と呼ばれる子どもはもちろん、あらゆる子どもたちが、ある一定レベルでこうした能力を持ち合わせておくことこそが、この国の生きる道といっても大げさではないと思います。
「本当の学力」は国語力の強化から
最後に、このような背景をふまえてご家庭ではどのような準備をしておくべきなのかを考えてみます。私は、その前提として「読む・書く」の土台、つまり国語力強化の必要性を強く感じています。表4から表6をご覧ください。これは回答者が先生であるところが興味深いのですが、国語力の強化が学力の土台作りに効果があることが見てとれます。特に小学生の間には、世の中に関心を持ち文章(読み・書き)に慣れておくことが重要でしょう。新聞を読んだり作文を書いたりといった地道な積み重ねは、目先のテストの得点のみならず「本当の学力」を身につけるための必須事項と言えるのではないでしょうか。
(表4)第6学年の児童に対する国語の指導として、目的や相手に
応じて話したり聞いたりする授業を行いましたか(単位%)
A群 | B群 | |
よく行った | 36.3 | 18.0 |
どちらかといえば行った | 52.5 | 60.2 |
あまり行っていない | 10.9 | 20.9 |
全く行っていない | 0.2 | 0.8 |
A群:平均正答率が5ポイント以上全国平均を上回る学校
B群:平均正答率が5ポイント以上全国平均を下回る学校
(表5)第6学年の児童に対する国語の指導として、書く習慣を
付ける授業を行いましたか(単位%)
A群 | B群 | |
よく行った | 28.8 | 16.5 |
どちらかといえば行った | 58.5 | 61.1 |
あまり行っていない | 12.4 | 21.7 |
全く行っていない | 0.2 | 0.7 |
A群:平均正答率が5ポイント以上全国平均を上回る学校
B群:平均正答率が5ポイント以上全国平均を下回る学校
(表6)第6学年の児童に対する国語の指導として、様々な文章を
読む習慣を付ける授業を行いましたか(単位%)
A群 | B群 | |
よく行った | 26.7 | 15.4 |
どちらかといえば行った | 59.0 | 59.7 |
あまり行っていない | 14.1 | 24.1 |
全く行っていない | 0.1 | 0.8 |
A群:平均正答率が5ポイント以上全国平均を上回る学校
B群:平均正答率が5ポイント以上全国平均を下回る学校
vol.1 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2008年 4月号掲載