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Vol.190 自治体が目指す「学習格差是正」への取り組み

 昨年12月に東京都の小池都知事が公表した「都内外の私立高校に通う都内在住の生徒の授業料助成について、世帯年収910万円未満としていた所得制限を撤廃する方針」は、中学生はもちろんのこと小学生を持つ保護者にも大きな関心事となっていることでしょう。大阪府の「完全無償化」への動きも一足早く報道されていました。自治体が「学びの機会」あるいは「学びの場」を支援する動きは、今後様々な形で全国に波及していくことでしょう。

「学びの機会」を支援する動きは広がり続けている

 東京都では現在、都内在住の私立高校生に対して、都内私立高校の平均授業料(左表参照)に相当する額(2022年は最大47万5000円)の支援を、世帯年収目安910万円未満の世帯に対して行っています。

(表1)

 私立高校に通う際には、授業料以外にも入学金に施設費や修学旅行の積立金、制服代や交通費などの経費を見込む必要があり、高校1年次の納入金総額は平均で授業料の約2倍となっていて、保護者の大きな負担となっていることは言うまでもありません(私も保護者として長男を都内私立高校に通わせましたので実感しています)。これが初年度でいえば半額、2年次3年次にはおよそ3分の1に負担軽減できる点で、学力面では充分に難関高校にチャレンジできるにもかかわらず「(経済的事情から)都立に進学することが最優先」として進学先を都立の安全校に限定しなくてもすむ生徒が増えたことは事実です。
 ところが、東京23区に限ると30代子育て世帯の世帯年収の中央値は、2017年の799万円から2022年の986万円へと23・4%も上昇し、いよいよ1000万円に迫っているのです(大和総研調べ)。保育所の待機児童問題がこの5年でほぼ解消し、育休制度が整備されてきたこともあって、前の世代と比べて、特に世帯年収「1000万円~1499万円」の層で伸びが大きくなっているのです。とはいっても物価や納税額の上昇、将来への備えなどを考えれば、必ずしも可処分所得が増えているわけではありません。今回の所得制限撤廃への動きは、世の中の急激な変化とセットで考えると「これから保護者になっていく世代の人たちが安心して子育てできるように」というメッセージと受け取れるのです。
 また、この制度で高校を卒業した後の支援として、東京都足立区では独自の「給付型奨学金制度」を設け、成績が優秀でありながら経済的な理由により修学が難しい大学生などを対象として、入学料・授業料・施設整備費の全額をサポート(募集人数は年間40人)し、子どもたちの「勉強したい」という意欲に応え続けようとしています。

「学びの場」を本気で用意する自治体がある

 このような、高校や大学への「入学後の経済的な支援」の仕組みが整い始めている一方で、進学前の受験勉強の段階でも支援が必要となる子は東京都内だけでもたくさんいます。23区内には塾の費用を一定額支援する仕組みを作っているところもありますが、最も手厚いサポートを行っているのは前述の足立区です。経済的事情に関係ない仕組みとして、基礎学力定着を目的とした「あだち小学生夏休み学習教室(前学年から当該学年の夏休みまでに習得すべき学習内容を少人数指導で補習)」や、千葉に出向いて実施する「中1夏季勉強合宿(算数・数学の弱点補強、所属中学の先生がマンツーマン指導)」、「英語チャレンジ講座(中1対象、英語の苦手意識克服が狙い)」などがあり、応用力強化を目的とした「英語マスター講座(中学全学年対象)」では、事前のテストに合格した人を対象に年30回・週1回約2時間のオンライン英会話によるマンツーマンレッスンやグループ形式の授業が無料で受けられます。
 経済的事情と結びつけた支援では、最近よく話題にあがる公営の無料塾「足立はばたき塾」の運営です。無料塾といえば、大学生ボランティアや地元の有志が運営するものはいくつもありますが、これは学習意欲の高い子向けの支援、つまり学力上位層向けの公営進学塾で、外部委託とはいえ自治体が運営に携わり指導内容やレベルに一定の効果・評価を求める点で大変珍しいものです。実は、私も数学の講師あるいは保護者説明会の話者としてこの「足立はばたき塾」の運営に深く関わっていますので、ご紹介していきます。

 足立はばたき塾(概要)

・テスト結果に基づき4クラス編成。

・英数を中心に5教科の授業、原則毎週土曜日に年40回の定期講座、夏10日間・冬5日間の集中講座や特別講座を開講。4月初旬から翌年の都立入試直前の2月中旬まで。

・年5回、外部の学力模試は無料で受験可能。

 中3の4月から1年弱・週1回の授業で受験対策までカバーしますから、1回の授業はかなり濃密になりますし、課題も多くなります。「無料塾」という言葉には様々なイメージがついてまわりますが、自治体が経費をかけて事業として行う以上、子どもたちへの支援はその内容によらず未来を見据えたものであり区民への責任が伴います。この塾の運営一つをとっても、我々がいい加減なことをやって足立区民のみなさんの「進学に対して意欲が高い生徒を支援したい」という目的や期待、ご理解に応えられないと、この事業そのものが終わってしまい後に続く中学生たちの未来を閉ざしてしまうからです。

自治体の支援を受ける側の「責任」とは

 よって、この「足立はばたき塾」が未来に続いていくために、通ってくる生徒たちには妥協なく勉強に取り組むことを最後まで求めています。この塾の最終回で毎年私が生徒向けに挨拶している内容の一部を最後にご紹介します。
 
 開講説明会で「わかるとできるは違う、この1年徹底的にこだわって勉強してほしい」と述べたのを覚えている?受験を直前に控えた今なら、その真意が理解できる?「わかる」ことの価値は、これからドンドン下落していくだろう。スマホで検索すれば誰だって「わかる」には到達できるから。でも「できる」には自分の強い意志が伴わないと到達できない。よってキミたちはこれからも「できる」にこだわってほしい。
 そして、ちゃんと勉強してちゃんとした社会人になれ。ちゃんと税金を納められる社会人になれ。その税金で今度はキミたちが中学生を支える側になるんだ。そこまでが「はばたき塾出身者の責任」だ。
 初回にも話したし、ことあるごとに足立区の方も話されていた。
 「このはばたき塾は、足立区民の税金により運営されている」
 キミたちの目の前には決して現れないけれど、多くの区民がキミたちの未来に期待をしてくれている。キミたちはその期待に応える責任がある。それは合格・不合格といった結果に限ったものではない。キミたちの「自分の未来」が答えになるんだ。
 例えば、はばたき塾でもらった数多くのテキスト。隅から隅までちゃんと終わらせたか?適当に食い散らかして中途半端に終わっていないか。キミたちはお金を払っていないからといって、そんな使い方をしていて平気なのか?まだ入試まで5日ある。このテキストには誰かの期待が込められている。もう一度初心に戻って精一杯勉強しよう。それが「責任」だ。

vol.190 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2024年2月号掲載

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